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東京高等裁判所 昭和59年(ラ)109号 決定 1984年4月20日

抗告人

牛嶋信治

右訴訟代理人

国府敏男

相手方

牛嶋文子

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。本件訴訟を福岡地方裁判所小倉支部に移送する。」との裁判を求めるというにあり、その理由は別紙記載のとおりである。

よつて、検討するに、一件記録によれば、抗告人と相手方とは、昭和五四年九月一一日、婚姻の届出をして夫婦となり、そのころから継続して埼玉県朝霞市内に生活の本拠を置き、その旨の住民票に関する所定の届出をも了した上、同所において家庭生活を営んでいたこと、相手方は、昭和五七年四月ごろ、同市内の抗告人との生活の本拠から、両名間の子尚子と共に実家のある福岡県北九州市に居を移して抗告人との別居生活を始め、同年九月には朝霞市から北九州市に転出した旨の住民票に関する所定の手続をも済ませてそのまま北九州市で生活しているが、抗告人は、引き続き朝霞市内に生活の本拠を置いて生活していることが認められる。右事実によれば、抗告人と相手方とは夫婦として最後の共通の住所を朝霞市に有したものであり、抗告人は引き続き同市に住所を有するものであるから、抗告人が相手方を被告として離婚等を求める本件訴訟の管轄は、人事訴訟手続法一条一項の規定のうち第二順位の管轄の定めにより同市を管轄する地方裁判所に専属するものである。そして、同市を管轄する地方裁判所が浦和地方裁判所であることは、下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律二条の定めから明らかである。

抗告人は、人事訴訟手続法の昭和五一年改正の趣旨等を掲げて本件訴訟は同法一条の二の規定により相手方(被告)が普通裁判籍を有する地を管轄する福岡地方裁判所小倉支部に移送されるべきである旨主張する。しかしながら、同法一条の二は、改正後の同法一条一項が、一定の要件のもとに(第三順位)で、夫又は妻の普通裁判籍所在地の地方裁判所に婚姻事件の競合的な専属管轄を認めたのをうけ、同規定に従って夫婦の一方の住所地の管轄地方裁判所に提起された訴訟を適正、迅速な審理の必要や訴訟関係人の出頭の利便等を考慮して他方配偶者の住所地の管轄地方裁判所に移送することができるように新設されたものである。ところで、婚姻事件についての右のとおりの競合的な専属管轄は、一条一項所定の第一順位、第二順位のいわば優先的な管轄がないときに認められるものであり、本件のように夫婦が最後の共通の住所を有した地にその一方がなお住所を有するようなとき(第二順位に該当する。)には認めることができないものである。したがつて、前叙の理由から浦和地方裁判所の管轄に専属する本件訴訟につき一条の二を適用し、相手方が普通裁判籍を有する他の管轄地方裁判所に本件訴訟を移送する余地はないものといわなければならない。抗告人の主張は独自の見解に基づくものであり採用することができない。

他に原決定を不当とすべき事由を見いだすことはできない。

以上のとおりであるから、本件訴訟の移送を求める抗告人の申立てを排斥した原決定は相当であり、本件抗告は理由がないから棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(後藤静思 奥平守男 尾方滋)

申立の理由

一 本件却下決定に対し、人事訴訟手続法上は、即時抗告をなし得る旨の明文の規定はないが、同法第一条の二において、申立による移送が認められている以上、その却下決定に対しては、民事訴訟法第三三条の準用ないし類推適用によつて、即時抗告をなし得るものと思料する。

二 原決定の移送申立却下の理由は、人事訴訟手続法第一条の二の規定は、同法第一条一項の規定による第三順位の専属管轄の定めに従い、専属管轄に競合が生じた場合に限つて適用されるものであるというにある。

三 しかし、昭和五一年二月一七日閣議決定を得て、翌一八日に内閣から第七七回通常国会(昭和五〇・一二・二七―同五一・五・二四)に提出された「民法等の一部を改正する法律案」のうち人事訴訟手続法関係の改正部分は、右法律案の第二条として示され、人事訴訟手続法の第一条が現行のとおり改正され、第一条の二が加えられることになつたもので、右法律案の最末尾には「理由」と題して、「妻の地位の実質的向上を図るため、離婚復氏の制度、婚姻事件に関する訴の裁判管轄及び嫡出子出生の届出をする者について改善を加えるとともに、国民のプライバシー保護の観点から戸籍公開の制度を改善する等の必要がある。これが、この法律案を提出する理由である」と提案理由の要旨が記載されている。さらに国会提出に際して法務省は「民法等の一部を改正する法律案逐条説明」を作成したが、人事訴訟手続法の改正部分に関しては次のように記述している。

第二条 人事訴訟手続法の一部改正

第一条第一項の改正は、離婚等の婚姻事件の訴えについて夫婦の称する氏によつてその裁判管轄を定めているのを改め、当事者の訴訟遂行の便宜及び証拠収集の容易さ等を考慮して、夫婦が現に共通の住所を有するときはその住所地、夫婦のいずれかが最後の共通の住所地の地方裁判所の管轄区域内に住所を有するときはその住所地、夫婦双方がこの住所を有しないときは夫又は妻の普通裁判籍を有する地又はその死亡の時にこれを有した地の地方裁判所の管轄に専属するものとするものである。―以下略―

四 以上の改正理由によれば、人事訴訟手続法第一条の改正及び第一条の二の新設はいずれも妻の地位の実質的向上をはかることと、当事者の訴訟遂行の便宜及び証拠収集の容易さを目的としたものである。そうであれば、右第一条の二の規定には民事訴訟法第三一条のように「専属管轄ニ属スルモノヲ除クノ外」との定めがなく、且つ、「他ノ管轄裁判所ニ移送スル」と定められているのみで、「前条ニ定メル他ノ管轄裁判所ニ」と限定されてはいないのであるから、右第一条の二を原決定のように解釈・適用しなければならない理由はない。しかも本件訴訟は離婚訴訟であつて、婚姻の当事者即ち、本件訴訟当事者のみが訴訟の当事者となるものであるから、管轄裁判所が変更されても、他に影響や不便を与えることはないのである。従つて福岡地方裁判所小倉支部が、同法第一条一項の第三順位の管轄裁判所には直接該当しないとしても、同庁が本件相手方(被告―妻)の普通裁判籍管轄裁判所であり、且つ同人のためにもつとも訴訟遂行上便宜であり、証拠収集も容易であるから、本件が同庁に移送されることがもつとも改正理由に合致するものである。

よつて、申立の趣旨の裁判を求める次第である。

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